子どもオンブズ・コラム 令和7年6月号 オーストラリアで考えた子どもの「声をきく」こと
ページ番号1022375 更新日 令和7年6月3日 印刷
オーストラリアで考えた子どもの「声をきく」こと

この3月にオーストラリアに1週間ほど出張しました。目的は、CREATE Foundation(クリエイト財団)という団体の活動を学ぶためです。CREATEは、社会的養護で生活する子どもや若者、すなわち里親家庭および親族によるケア、施設での生活を経験した人々の声を社会に届ける全国的な団体です。オーストラリア内に9つの支部があり、私たちはシドニー市パラマッタの事務所を訪れました。社会的養護を必要とする子どもや若者が、社会とつながり、自らの声を発信し、制度や社会に変化をもたらす力を身につけられるよう、「Connect(つながる)」「Empower(力をつける)」「Change(変えていく)」という三つの柱を理念に掲げて活動しています。CREATEは、子どもや若者の声を、今の制度を変えていくための最良の情報源(the best source of information for improving the system)であると捉えています。私たちは、その活動に学ぶべく、現地のソーシャルワーカーを対象に行われる研修を2日間受講しました。
CREATEには、私が多くを学んできたカナダの社会的養護関係者から団体名をきいたことに始まり、子ども虐待防止学会でもお話をきいたことから、いつか訪れてみたいと考えていました。社会的養護を必要とする子どもたちは、日本社会のなかでも声を発するのが難しい状況に置かれており、かつ、その声や思いが社会に十分に取り入れられていない人たちだと私は考えています。国連からも、複数回にわたって、社会的養護を必要とする子どもの権利にかかわっては改善すべき点があげられています。
こども基本法制定以降、日本でも子どもの声をきくことの重要性が取り上げられることが増えたように思います。川西市でもこども・若者参加条例が施行されたところです。子どもの声をきくことが重要である、という点について、少しずつその理解はなされてきているのではないでしょうか。ただ、私自身は、声をきくことそのものが目的となってしまっていたり、声をきいたあとの子どもの声の取扱いや、その意義について十分に理解がすすんでいるとはいえないのではないか、と思っていました。そんな私に、オーストラリアでの学びは、新しい気づきをもたらしてくれました。
まずは、子どもの声をきく際の具体的な工夫です。大学教員6名の研修の資料が用意されたテーブルには、色とりどりのおもちゃが複数準備されていました(写真1参照)。これは、学習者がリラックスしてワークを取り組むための素材でした。触り心地のいいスクイーズや、くるくる回せるハンドスピナー、ぽこぽこ押して楽しめるプッシュポップなど。そして、印象的だったのはジャイアント・モンキー・ヌードルズという色とりどりのひっぱったり、振り回して遊べる20センチのゴムでできた棒状のおもちゃです。CREATEが対象とするのは、オーストラリアでは、OOHC(Out Of Home Care)と言われる様々な事情で家族と離れて暮らす子どもや若者です。日本とは異なり、ほとんどが施設ではなく家庭的な環境で暮らしています。そうした子どもや若者の会議ではぬりえも用意されるとのことでした。実際、私たちは、思い思いにそれらのおもちゃを手に取りながら、リラックスして研修を受けることができました。雑貨などを扱う大きなスーパーのような場所で購入できるとのことだったので、いろんな場所で使えたらと(もちろんオンブズの相談にも)たくさん購入して持ち帰りました。さっそく大学の授業で置いてみたところ、学生たちが喜んでおもちゃを席に持ち帰り、楽しんでいる姿がありました。10代後半の若者たちには関心をもたれないことも予想しながら導入したので、学生たちの反応に驚きました。「おもちゃがあってほっとする」、「リラックスできる」という応答をいくつももらい、授業の受けやすさがそのようなちょっとしたアイテムで向上するのだと気づかされました。
私の子ども時代には、じっと座って静かにしていること、先生の指示に従って動くことを要請されていましたし、おもちゃがあるなんてとんでもない雰囲気だったように思います。今も学校のそうした風景は変わらないように思いますが、学習環境のあり方は多様でいいのだと改めて気づかされました。それは、学ぶ姿勢や態度よりも、学んだり発信したりする側の居心地のよさや安心に力点を置いているからではないかと思いました。子どもや若者がワークに参加しやすく、声を発信しやすくする環境をどうつくるのか、声をきくための具体的な工夫を学ぶことができました。
もうひとつは、子どもの声をきき、どう活かすか、ということです。私は、これまで学習者が自身の子ども時代を思い出すワークや、当事者の若者のインタビューを題材にするなど、間接的であれ子どもの声をきくことを意識するような活動に取り組んできました。CREATEのワークでは、ただ「声をきく」だけではなく、そこから学習者自身が、「(声を)きいた」あとに、どのように自らの実践に活かしていくかを具体的に考えさせていたことが印象的でした。
例えば、ワーク中に、私たちに投げかけられた問いかけには次のようなものがあります。「私たちは、ソーシャルワーカー個人として、あるいは部署として、若者から得たこれらの洞察や学びを(あらゆるレベルで)どのように実践に取り入れることができるのか」、「子どもや若者の声に応えて実践を改善し、それを定着するために、ソーシャルワーカーはどのような支援を受ける必要があるのか」といったような具合です(写真2・3参照)。問いかけは抽象的ですが、ワークでは、私たちは具体的に思いつくことを口々に話し、それをファシリテーターが大きな紙に一覧にまとめてくれました。筆記されたお互いの意見をみていると、そこから新たなアイディアが生まれていきました。CREATEのワークで投げかけられた問いと比べると、これまで私がおこなってきたワークでの問いは具体性に欠けていました。私の場合は、子どもや若者の声をきき、「何を感じたか、どう考えたか」にとどまっており、それを具体的なアクションにどうつなげていくかという視座が欠けていたのです。問いかけられて初めて、人は、具体的に考えることができます。「どのような助けが必要なのか」という問いは、自分たちにとって当たり前すぎて変えられないと思い込んでいる制度や仕組みを問い直すきっかけを与えてくれるものだと思いました。
子どもの権利条約では、どんな時でも重視すべき4つの原則があります。そこでは、子どもにとって最も良いことを考えるために(権利条約第3条)、子どもの声をきき、取り入れる必要があることを重視しています(同条約第12条)。子どもや若者の声をきき、それを具体的な実践や施策、制度に活かす具体的な方法や手立てを考えることは、子どもや若者の利益につながる制度や施策がつくることを助けるのだと思いました。そして、このようなプロセスが、すべての子どもの命や生活を支えることにつながり(同条約第6条)、その命や生活のあり方の差をつくらない(同条約第2条)あり方にもつながっていくのだと思いました。私自身、子どもや若者の声をきくだけで終わってはいけない、とか、権利条約の基本的な原則が生活実感として捉えられることを目的に学習活動を考えてきましたが、自分自身の行うワークや学習そのものの改善点にも気づくことができました。
他国の実践を知ることは、自分たちの国や社会のありようをふりかえり考えさせられます。どの国も、日本より優れた点ばかりがあるわけではなく、私たちの社会同様に難しさや苦しさはあり、そこを突破するためにたたかおうとしている人たちがいます。様々な国の社会的養護を離れた若者たちの実践に学んできましたが、その困難には共通する点が少なくありません。「共通する困難があるのなら国を超えて協働できるのではないか」と一緒に旅をした恩師の言葉が心に残っています。ちなみに、社会的養護にかかわっては、こども基本法で年齢上限が撤廃されたことで、日本のほうがオーストラリアよりも良い制度になっていると感じさせられることもありました。この年齢上限撤廃も、日本の社会的養護を必要とした子どもや若者たちの声の発信と支援者の協働がもたらしたものだと思っています。どのような変化もすぐにもたらされるわけではありません。それでも、子どもの「声をきく」社会へと変化していくために、自分にできることは何か、引き続き考えていきたいと思っています。
執筆:オンブズパーソン 長瀬 正子(ながせ まさこ)



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